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3月3日

 

5:15に新宿に着き、ホテルに荷物を預けた後その地下にあるルノアールで手紙を2通書いた。山口県国分寺宛。紀伊国屋で2冊の本を買い、新宿御苑でそれを読みながら自分が花粉症だってことを思い出す。佐藤文香の君に目があり見開かれという句集と金子兜太いとうせいこうの対談。句集には付箋を、対談にはマーカーを引いた。ベンチに腰掛けている45分間のあいだに3度、それぞれ別の外国人観光客から遠巻きに写真を撮られた。声をかけられたわけではなかったがどう見てもファインダーがわたしに向いているので反応に困りつつ本を読み続けた。途中、風に煽られた梅の花びらがわたしの手元の句集へと散って胸がいっぱいになってしまう。さっきの彼らはわたしを撮っていたのではなく、「唯一満開の梅の木の下で本を読む日本の女」を撮っていたのだと気付く。

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すこし肌寒いのでmatchbacoへ。任航の個展を見に来た時は彼が自殺するなんて思いもしなかった。はじめてラブリーと会ったとき、クレッソニエールに行った後このギャラリーに来たんだ。姉妹ですか?と聞かれたことも忘れない。

 

ラブリーと会えると思うとずいぶん緊張してしまう。東銀座で降りて歌舞伎座の前でハグした。かわいい。内側から発光するような、ほんとうに可憐な女。へんな服を着てしまった、へんな化粧をしてしまった、みたいな際限の無いはずかしさで頰が赤くなる。ラブリーを前にするとわたしはなにもかもあけすけで、懺悔みたいなきもちになるのはどうしてなんだろう。何から話し始めていいのやら、どぎまぎしながらふたりで喫茶店youのオムライスを食べた。資生堂パーラーのオムライスは惑星みたいだと思ったけれど、youのオムライスは宇宙の食事みたいだった。お米がアルデンテでおいしい。

 

 

資生堂ギャラリー吉岡徳仁のスペクトルを見る。日曜美術館で京都の透明な茶室を知ってからずっと見たかった。

 

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真っ白で大きな部屋の中にスモークが焚かれ、何者かの囁き声のようなノイズが聞こえる空間なんて、何を置いても見惚れてしまうだろ。だまされない、だまされない…と言い聞かせながら、でも、やっぱりどうしても好きでくやしかった。大きなサンキャッチャーに吐き出される虹のかけら。繊細に暴かれているような、肉体の中身が飽和して勝手に流れ出していくような、どうしようもないきもちの揺れかただった。

 

 

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ラブリーが虹に手をかざしているのを見ながら、乱反射のような女だと思った。乱反射は受動のひかりのように見せかけて、ひかりを操っている。わたしがカメラを向けるとラブリーはいつでも数ミリだけうなずく、その表情がとても好きだ。館内にいるうちに電話がかかってきて、来春からの採用が確定される。電話を終えてギャラリーに戻り、受かった、というより先にラブリーが「よかった」と言った。

 

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透明な椅子に座ったまましばらくまた虹を眺めて、文具屋へ。

 

 

 

文具屋にはたくさんの引き出しがあった。さまざまなかたちの、さまざまな色の、さまざまな手触りの紙がそこに眠るように収められていて、滑りの良い引き出しは取手にすこし手をかけただけで導かれるように開いた。

 

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ここで思い思いの紙を買って、この後喫茶店かどこかでお互いに手紙を書かない?と言うと、「そう言おうと思ってた」みたいな顔でラブリーはふくふく笑った。たくさん悩んで、わたしは封筒を2枚、便箋を1枚、ワックスペーパーを3枚買った。それぞれのテスターに値段と大きさと色と紙の名前が書かれており、ラブリーは水色のミランダという名の封筒を買っていた。上品なラメが練りこまれた水面みたいに光る紙をつくり、それに「ミランダ」と名付けた人のきもちを考える。

 

 

 

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 無印のカフェでいいのかしら…とラブリーはすこし心配していたけど、わたしは予てよりずっと無印の透明なメロンソーダを飲んでみたかったのでうれしかった。

 

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ラブリーに手紙を書いている間は会いたくて会いたくて仕方がないのに、ラブリーと会っているまさにその瞬間はずっと手紙を書きたい手紙を書きたいと思い続けている気がする。

名画座でティファニーで朝食をを観てきたというラブリーがくれた手紙の封筒は、ティファニーによく似ていた。わたしは緑色の封筒にふきのとうの絵を描いた手紙を渡した。

 

わたしたち女同士でよかったよね。ほんとうにね。恋は終わるかもしれないけど、わたしたちは永遠に終わらないもんね。独り占めできない代わりに絶対に奪われないもんね。わたし男だったら玲音ちゃんのこと愛しすぎてへんなかたちになっちゃうところだった。わたしは女でもラブリーのこと好きすぎてもうすでにへんなかたちになってるよ。またね。うん、お元気で。握手をしたまま右手の甲にキスをされた。そのままその手を離してひらひら振るラブリーに呆気にとられて、この女をこういう女にしたのはすっかりわたしだと思ったら可笑しくて笑ってしまった。ラブリーはわたしにキスをした後、どうだ!と言わんばかりに凛々しいオコジョみたいにきりっとした顔をするのがかわいい。かわいいなあ。

 

 

 

 

 

好きな人と待ち合わせてお酒を飲んだ。ずいぶん緊張してしまって目が見られない。本物だ、と言われて反射的に笑ったけれど、はたして、これはほんとうに本物のわたしだろうか…?みたいな哲学的なきもちになった。ちょっと疲れていたのかもしれない…。彼の幼馴染がバーテンダーを務めるお店は夢みたいなところだった。夢みたいっていうのは大げさではなく、わたしは7歳くらいの時にこういうお店を夢みて画用紙に描いたことがある。好きな本の話をしながら春の芝生みたいなカクテルを飲み、春の地層みたいなミルフィーユを食べ、春の土みたいなコーヒーを飲んだ。

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うれしくてぽてぽて酔ってしまう。酔ってからはズブロッカの瓶に描かれた水牛の角を何度も目で追う。

 

帰り道で手を繋ぎながら好きな人の横顔をみていたらなんだかすべてを肯定できるようなきもちになった。あんまり見つめすぎて、ん?と首を傾げられたので「本物だ、と思って」と笑った。

 

てざわりのあるものを信じたい。てざわりを信じてもらうために会いたい人のところへ会いにいきたい。春を拒んでもどうしようもないから、丸ごと吸い込んで膨らんで飛ぶしかない。暫くの間すっかり横たわっていたわたしの明るさや前向きさみたいなものが、毛むくじゃらのふかふかになって蘇りつつある気がしてきた。来てよかった、東京。