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1月30日

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あまりにも充実しすぎた週末の代償として昨晩はへとへとにつかれてしまい、起きたら14時だった。乾燥しているせいですこし喉が痛い。さきおととい、おととい、きのう…と記憶を手繰り終えてから布団を蹴り上げつつ思い切り伸びをする。好きな男の人の、この世でたったひとりの彼女として目覚める真昼間。わるくない。iPhoneの充電が切れていたけれど、サンキャッチャーがきらめいていたので14時だとわかる。昨日作ったプリンを食べ、いくつかの用事を済ませるために急いですっぴんのまま眼鏡とマスクを掛けて夕方から出かける。天気雨に降られながら短歌を2首思い浮かんでメモした。明るい空から雨が降るのはほんとうに不思議。泉中央の写真屋ではすごく嫌味っぽい店員が、あー写ルンです流行ってますもんね〜と小馬鹿にして来た上に現像に1週間も掛かるというので、すこし怒って広瀬通まで行くことに決めた。パレットプラザのいつものカウンターで現像に出し、仕上がるまでの時間で手紙屋さんへ行き、便箋、葉書、包装紙、白いペン、小包の封筒を買った。喫茶店かバーで時間を潰すか、しかしお金はないしと迷いながら天気雨から逃れていつもは通らない道を通ったら趣味のいい花屋を見つけた。破格の(200円の)花束を購入しようとしたらそこの女店員ふたりにたいそう気に入られてしまいコーヒーをご馳走になった。あんまり美味しかったのでコーヒー代のつもりでドライフラワーを3本買ったらおまけしてもう一本つけてくれて何から何まで…。そこでの会話はすべて書き起こしたいくらい夢みたいなものだった。現像を受け取り、胸がいっぱいのままバスに乗る。いちばん後ろの座席から乗客を眺めて、みんな、こんなにぎゅうぎゅうの物語みたいな毎日をどうしてそんなに平気な顔していられるんだろう、と思って、すぐに、平気な顔しているように見えて全員こうして日記を書いているのかもしれない、と思い直した。毎日たくさんの日記と日記がすれ違っているのだとしたら。


帰宅してから白い花の名前を思い出せず、Twitterを頼りにした。Safariで白い花 冬 と検索して200枚くらい探しても見つからなかったけど、まりさんがオーニソガラムのアラビカムだと教えてくれた。花屋では「マウントフジ」の仲間だと教えてもらっていたのに、フジヤマ、と覚え違えてしまったせいで全然見つからなかった。多肉っぽくてかわいい、いかにも花らしいかたちの花。花言葉は「才能」と「無垢」と「純粋」。すこしずついろんな花言葉を調べているうちに、色が同じならほとんど同じような花言葉だろうとなんとなく気がついてしまった。うその花言葉を考えて渡すのも良いかもしれない。名前も意味も、あとからいくらでもつけられる。

 

出版社からゲラが届き、このまえ有汰がわざわざ撮ってくれたアー写が没にされてしまった。見栄えよく、上品ぽくて、あざとくなくて、そこそこ最近の、バストアップの写真。となるとほとんどない。カラーで載るので間違っても金髪は載せられない…。書きたいもの、書くべきものがたくさんあったのにフリッパグラムをダウンロードしてしまい、動画をふたつ作ったらあっという間に夜が更けてしまった。

 

あと10日。なるべく数えないようにしている。泣いてしまうから。

無題

日記を書きたい、日記を書きたい、と1時間に1回くらい思って頭の中でふたつくらい文章を考えて、何にもメモしないまま眠ってしまう。そういう日々が年末からずっと続いていた。眠って起きて氷水を飲んで、サンキャッチャーのひかりを見つめて、お酒をすこし飲んでまた眠る。時間ばかりがあるのに、わたし自身はなにも進んでいない。時間は進むものではなくて、溜まっていくものではないでしょうか。ところでもう2017年の12分の1が終わるんですね。ええ〜と声だけ驚きながら、そんなことはわりとどうでもよくて、それではこの30日間が、わたしの人生の何分の1なのか教えてほしい、人生の分母を知りたい。

 

どうして15歳の時から日記を書き続けているのだろう。誰かに見せるための日記しか書けないのだろう。頭に浮かんだたくさんの文章はどこへ流れていってしまったのだろう。めまぐるしく思い浮かぶ自分の言葉を記すことをついにあきらめて、活字になることのないその文章が流れていくのを見送ることは、果たしてほんとうに勿体無いことなのか。日々に杭を打つように日記を書いたりSNSを更新したりして、それがあとから何になるっていうんだろう。そんなことを考え続けているうちに、はてなブログのアプリを開くこともやめてしまっていました。誰かにわたしの一生を見つめていてほしい。もちろんそういうきもちはある。でもそれはほんとうの理由じゃない気がする。うん、ほんとうの理由じゃない。こんなにも使命のように今思ったこと、今気がついたこと、今起こったことを今書かなければいけないような気がしてしまうのはいつからだろう。

 

自分の人生が物語で仕方がない。そういうスイッチみたいなものが2年前くらいにはっきりとONになった。日々に詩があって、人びとの話すことはすべて台詞、無言の動作すらもわたしにとってはト書きで、花は季語で、空や雲はメタファーで、お揃いのアルコールランプを手を滑らせて割ってしまうことも、雨の日に訪れた花屋でコーヒーを淹れて貰うことも、ぜんぶ意味だ。もちろんそんなのしゃらくさいとも思う。でも、息のつまらない程度に、程よく、日々がたのしくて仕方がない。自分の喜怒哀楽もその日の天気も、優劣なく愛している。生きている限り"生憎"なんてない。うれしくて仕方がないから、書きたくて仕方がないんだと思う。

 

わたしやみなさんのようにいわゆるエモさやポエジーを感じやすい人間というのは、たましいの皮膚がうすいのではないでしょうか。生まれながらにしてたましいが他人よりもすこし弱い半透明の皮膚に包まれてしまっているせいで、暑さも寒さも、ひかりも暗闇も、敏感に受け取ってしまう。それは先天的なものなので今更どうしようもないことだし、厄介だけれどとても恵まれた欠点だと思う。恵まれた欠点を持ち寄って、わたしたちは詩をつくったり写真を撮ったり歌を歌ったり絵を描いたりするのではないでしょうか。そうやって表現をすることでたましいのまわりを泡みたいなもので守っていくしかないのではないでしょうか。わたしはわたしを守るために、石鹸を泡立てるような心地で日記を書くのだわ。思い出した。

 

12月22日

よく寝た。台所の掃除をして、たばこを吸って、昨日受け取ったAmazonの荷物を解いた。鍋とエプロンとサンキャッチャー。スワロフスキーのマークは目みたいって聞いてたけど、「目」みたいってことだったのか。サンキャッチャーに電灯を当てると細かいひかりが弾けた。サラダのような炒め物のような春菊をもりもり食べ、家を出る。運命の電話はあっさりしたものだった。至極あっさりとしていた。そうか、と思う。こころもあんまりびくびくしなかった。和也にとりあえず報告。和也に「とりあえず報告」してばかりだ。どうともならないのでどうにかするしかない。

 

アルバイトはクリスマスの用意。赤いテーブルクロスを敷きながら、売れるといいですねえ、と笑う。バスは混んでいてなかなか座れなかった。広瀬通から自宅までバスで45分かかる事実をあほらしく思う。

12月21日

10:30に起きて、となりで先輩がすやすや寝ているのをずっと見ていた。身体が気怠いけれどこっからまた寝られる気もしない。眠っている先輩は3頭身にデフォルメされたアニメのキャラクターみたいに少し微笑んでふにふにしていて、超かわいかった。馬乗りになって起こしたい、と思って、12:30にそうした。先輩は、照れも笑いもせず、あ〜いま何時、と言ったので可笑しかった。おいしい親子丼を奢ってもらう。プリンも。ひさしぶりに感動する味だった。炭火で照り焼きにしてからやきとりの卵とじにして、卵黄だけ卵かけご飯みたいにしてるんだな。玉ねぎがないととろとろ感を際立たせることができる。おそらく仕上げにほんのすこし山椒を振っている。おいしいもの食べた時に舌で紐解くことができるようになってきた。

 

昔ながらのアイスキャンデー買ってもらう。食べたことないのに懐かしい気がする。この棒が傾いているのが手作りっぽくていいよね。ああ、わかりますわかります。

 

たばこを吸ってからバスに乗った。先輩のことくやしいけど好きだと思った。いつのまにかわたしが追うほうになっている。バスの中でいろいろと書きたいものがあったはずなのにSAに停まったことも記憶にないほど熟睡していた。

 

 

タツさんと18:30、三越の花屋で待ち合わせた。ファンデーションすごいボロボロだけど大丈夫?うるさい…大丈夫じゃないです。太った?とか肌荒れた?とか老けた?とか言ってくれるともだちを大事にしたほうがいいんだろうなと思う。ショックだけど。おいしいお蕎麦を食べ、ページェントをふたりで歩いた。「いつもよりさらに服の趣味がいいですね、眼鏡もいい、髪も切った?かっこいいじゃん」「れいんちゃんはこういう格好が好みだろうと思いまして」「うわ、むかつく、ちょっとときめいてしまった」。一生ひとりで暮らすんでしょうかね、みたいにぽつぽつ言ってはお互いのことをあなたは大丈夫でしょと慰め合う。「おれ、気づいちゃったんだよね、どうやらひとりでは生きていけないぞって」「わたしは中学生の時からそれに気付いていたから恋愛ばっかりしちゃったんですよ」。メディアテークでは富岡と東北の震災アートみたいなやつやっていた、あんまり見たくなかったのでミュージアムショップちょっと物色してそそくさ出る。帰るつもりだったけれどお酒を飲みたくなってしまい結局バーへ。最近stepper1985が気に入りすぎてついつい来ては1杯だけ飲んで帰るのをやってしまう、立て続けに毎回違う男を連れて来る女だと思われていそうでキツいけれど、好きな人のこともここに連れて来たい…。どのお酒も美味しくて、照明も気が利いている。狭くてこだわりのある秘密基地みたいなバー。気になってフルーツカクテルの値段を聞いてしまったけど、こんなに粋じゃないこともう二度としないようにしよう。値段の書いていないメニューも臆せず頼めるようになりたい。タツさんに奢らせてしまったので次わたし奢りますといってハシゴ。葡萄酒小屋。たばこ吸える小さな個室。相変わらず料理に時間がかかるらしいのでスパークリングと赤を一杯ずつ。テンポドロップの話する。どうしても液体の中身が気になるのだという。しょーのー、らしいです、樟脳。化学式は? C10H16O。カンフル? あ、すごい、別名カンフル…。こういう会話を愛している。

 

たのしく会おうと思っていただけなのに、タツさんも探して全部読んでくれていたらしい。人間のすることじゃないよ。と言ってくれる。ミュージシャンだからって演技もできるとは限らない、みたいなことなんじゃない。と言われ、ああ、そうか、また恥ずかしいなと思った。家に帰るまでにたくさん写真が送られて来て、そこそこ可愛い顔で笑えていて安心した。ちゃんと笑えている。またすぐ飲もうね。と送ると、「思ったより元気そうで安心したよ」と返ってくる。なんだよ。そんなに心配してくれてたなんて。うれしくてiPhone抱いたまま眠る。

 

守られてばかりだ。

12月20日

講義に出てから郡山へ。盛岡にも東京にも行かない高速バスに乗るのは初めてでよそよそしい気持ちになる。花屋で橙のラナンキュラスを買った。花屋のおばさんに「この花は、これからなのよ」と言われる。花言葉は秘密主義。

 

郡山駅のエスパルは改装前のフェザンによく似ていた。福島弁の男子高生3人がクリスマス死んでくれ、と言っているのを聞いてかわいらしく思う。和也にいま郡山にいる、とLINEし、「ルーツ巡業ですか」と言われる。ルーツ巡業、まあ、そんなところです…

 

先輩と待ち合わせてスーパーへ行き、コインランドリーへ行き、家に泊まった。先輩がひっつみを揉む間、わたしはえびの生春巻きを作った。逃げ恥を見て、酎ハイと梅酒を飲み、ビエネッタを崩し、みかんを剥いた。たくさんの話をした。ほんとうにたくさんの。先輩は最後まで聡明だった。わたしは先輩のことを見くびっていたんだと思った。先輩のことを尊敬する。わたしもそういう女になりたい。先輩はかわいくて、胸が大きくて、わたしの男の部分が抱きたいと思った気がした。

 

「かわいそう」と言われて驚いた。かわいそう、いちばん相応しくないけれど、いちばん言われたかった言葉のような気がした。そんなつもりじゃなかったのに泣いた。れいんちゃんのそういうとこ全部今更かよってわかってて、それでも好きなのよ。と言われた。わたしのこころのセーブポイントみたいな人だと思った。「優しさのつもりだろうけど他人だって自分の人生に精一杯でれいんちゃんのことばかり見ていられないんだよ、傷つけたかどうかなんて気にしなくていい、そんなこと言わなくていい」先輩は死んでもわたしの先輩。ともだちじゃなく、先輩。5時にようやく布団に入ったのに、結局6時まで喋っていた。山積みのノートに書かれた手書きの日記の中に、わたしのことはどれだけ書かれているのだろう、と思いながら眠った。

 

12月19日

生理痛が重く、午前に予約していたカウンセリングをキャンセルし、大学の友人たちの卒業旅行のための話し合いもキャンセルした。白湯を飲んでもお腹が痛むので参ってしまう。大人しく鎮痛剤を飲めばよかった。昼過ぎようやく体調が良くなり、メール返信などこなす。俳句雑誌からひとつ原稿依頼をもらう、掲載は3月。Amazonで鍋を買い、コンタクトを買い、のどかと電話してから入金のためにようやく外出した。郵便局、コンビニ、スーパーへ行く。どうにもきもちが沈んで困っていたが、野菜売り場に行くと元気になった。自分が元気になるためのある種の儀式のような位置づけに料理があってほんとうに良かった。ギャンブルとか薬物なら死んでた。スーパーが最近力を入れ始めた産直コーナーでまんまと安い野菜を買う。新じゃがの季節か。クレソンと春菊迷って白和え食べたいから春菊を買った。19日だから(なんで19日だから、なんだ)いわい鶏というブランド肉が半額とのことで、買う予定だったひき肉を倍量と胸肉を買う。下仁田ねぎをリュックにぶっ刺したまま歩く。

 

誰かから手紙が来たらいいのに、と思って郵便受けを開けてはピザーラミュゼのDMにうんざりする日々だったけれど、上品な淡い赤紫色の封筒を見つけて思わず手を引っ込めた。ラブリーからだ。すぐにわかった。手紙を開くのがとても怖くて、外でたばこを吸いながら開いた。呆れられたり嫌われたりしたんじゃないかと思ってびくびくしていたけれど、とても優しくて強い手紙だった。ごめん、と思う。いろんなこと謝らなければいけない気がしている。ごめん、ごめんね、ありがとう。何度も声に出して読み返しながら泣いた。あの日以来泣いたのは二度目。一度目はももちゃんが茶柱のたったお茶と交換してくれて泣き崩れたとき。思えばもっと泣いてもいいはずなのに、ぜんぜん涙が出ていなかった。O・ヘンリーの「賢者の贈り物」が同封されていて、わたしは彼女がいればなんでも平気だ、というきもちになる。すぐにワード起こしてびっしり文章を書き、PDFにして送り返す。肩が軽くなり、強気が戻って来た。わたしに呪文をかけるのはいつだってわたしで、自分ではそれが解けない。わたしの鎖をラブリーが拳で破り、お待たせ〜と天使みたいに笑った気がした。そういう晴れやかさだった。たすかった。

 

みさきと電話しながら夜ご飯を作り、食べ終えて切る。ヨギーをたくさん流してくれた。オザケンも。好きな人から仕事終わりの写真が送られて来たので、わたしは前髪がこんなに伸びてしまいました、とスナップチャットを送る。好きな人、父親と似ている気がする。スーツかっこいいですね。

 

早起きするために眠くなる前に布団に入った。ラブリーの言葉を反芻する。

"筆記体のようなわたしの字は、すべて貴女に宛てるラブレターのためです"

わたしはたしかに愛していると思う。この同い年の女を。

 

 

12月18日

髪をお団子にして赤いコートを着た。歌会納。戦災復興記念館初めて行ったけれどわたしの大好きな公民館という感じがした。2016というテーマ詠、集まる歌がぞくぞくと暗くて詠草そろえながらみんなのこと少し心配になった。みんな波乱の2016年だったっぽい。誰よりも明るい歌を提出した。Sendai is shinning!、せめてものかがやき。光のページェントを今年初めて見た感想が、ふうん、ってかんじでちょっと焦った。もっと、わぁ~って言いたかったし言う準備をしていた。コッシーが「もっと長いと思ってたんですけどこれっぽっちでおわりなんですね」と冷たいことをいうのを、「だからこそ、ゆっくり歩くんでしょう」とたまだが笑った。みずきが「ただの日曜でも混んでるのに、クリスマス、地獄なんだろうな~」とからから笑うので、わたしと一緒に過ごそうね、と思いながら腕を絡ませた。

 

月日が過ぎるのがあっという間だね、と言っているうちにほんとうに1年が過ぎてしまった気がする。新入生を新入生扱いしていたけどもう彼女たちも入会して8か月たっている。冬合宿はゲレンデにしますか、という話が挙がって胸が高鳴る。みんなで大きな雪山に行きたい。レイン、写真撮って、と何度も言われ、レイン、こっち向いて、とも何度も言われ、いままで自分がどうやって写真を撮っていたのか少し思い出した。ジョージハリスンが存在感薄くなって焦ってシタールを弾きはじめた話を浅野とたまだが楽しそうにするのと、横田さんがアメスピをふかすのを好ましく見ていた。いつでもこの人たちとこうして顔をあわせていられたらいいのに。人生のおしまいまでみんなで一緒にいたい。そう思いながら、「やっぱりわたし、3月で引退します」と笑った。こういうけじめはきちんとつけなければいけない。いちばん最初に頼んだビールを半分だけ飲んで、あとはずっとわかめを食べた。

 

カラオケでふにゃふにゃのパンケーキを食べながら冬がはじまるよを歌う。滝廉太郎甲斐バンドキリンジスピッツとマイケルジャクソンとモンティパイソン。みんなのことだいすきだな。つくづく。よいお年を!と言って手を振りながら、もう二度と会えなかったらどうしよう、と思ってしまう。めそめそしやがって。

 

雨上がりの温かい冬の夜だったので、タクシーに乗らずに歩いて帰った。好きな男の人から連絡が来たけどちょっとむっとしたのでスナップチャットにあかんべえをしてそれだけ送った。どうにも投げやりな気分になり、歩道に寝そべってやりたくなるのを我慢して駿くんに電話した。絶対起きてるだろうと思ったけど、やっぱり起きていた。自分がいちばん好きなものを見聞きするのがいいよ、と言われる。ふくろうずの新譜が送られてきて聞く、内田…と思う。17歳の時のわたしが思い切り自転車を漕ぎはじめ、ようやくたましいが凪いだ。

 

イ・ランの「世界中の人々が私を憎みはじめた」を聞きながら、思い立ってJIMDOでHPを作り、Twitterについて書きたかったことを書いた。

 

負けるもんか、とか、見てろよ、とか言えなくなった。その代わり、ううん。

なんでもない。